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日本ソロー学会 The Thoreau Society of Japan

■ 書誌情報3-1 

Posted on 19:35:42

日本ソロー学会 会報/論集 書誌
3−1
Journals of the Thoreau Society of Japan
A Bibliography
3−1

佐藤光重 編

まえがき
 この書誌は日本ソロー学会が発行した会報/論集に所載の論文・エッセイ・書評を主として記録するものである。紙幅の都合で、あいさつ・活動記録・会則・名簿などは含まない。ただし草創期の会報を中心に一部例外もある。各号記録の第1行末尾に示したのは編集責任者の氏名である。
 各号記録にはいる前に、学会の名称および会報/論集の名称に見る変遷の跡を記録した。
 なお本学会創立30周年記念号にあたる『ヘンリー・ソロー研究論集』第22号(平成8[1996]年3月)には、平成7年までの本誌掲載論文等および本学会講演・研究発表の題目一覧が清水一雄氏の編集により掲載されており、これは文字通り記念すべき業績であった。
 このたびは、改めて会報第1号から順に編集責任者名、掲載論文等の執筆者名・題目とともに掲載ページをも記録し、必要に応じて最小限の注釈を施した。
 第10号まではすでに平成15[2003]年第29号に掲載済みの完成稿であるが、第11号以降は暫定的にウェブページで公開するものであり、表記の不統一や誤記があれば適宜訂正を加えていく予定である。
 現在、本学会のホームページは本学会の広報担当である岩政伸治氏のサイトを借りている状態であるが、遠からずして学会独自のアドレスを取得する計画である。
 本稿をまとめるに当たり、伊藤詔子前会長より提供された原典一揃いを使わせて頂いた。その一部(会報第4号まで)は徳座晃子元会長の所蔵資料を写されたものと聞く。推敲に際して依藤道夫編集長から詳細にわたりご指摘を賜り、山本晶会長からも企画当初より幾重にもご指導を仰いだ。ウェブページでの公開にあたっては岩政伸治氏の申し出がなによりのきっかけとなった。ここに記して各位に深甚なる謝意を表する。

学会の名称
日本ソーロウ協会(昭和48[1973]年より昭和53[1978]年まで。ただし会報の題字には
    ヘンリー・ソーロウ協会とある)。
ヘンリー・ソーロウ協会(昭和54[1979]年より平成4[1992]年まで)。
ヘンリー・ソーロウ学会(平成5[1993]年)。
日本ソロー学会(平成6[1994]年より現在に至る)。

学会誌の名称
『ヘンリー・ソーロウ協会 幹事会ニュース I』(この題字は昭和48[1973]年度のみで、縦組み2行。『会報』4号まで右綴じ)。
『ヘンリー・ソーロウ協会 会報』(昭和49[1974]年の第1号より昭和52[1977]年の第4号まで。ニューズ・レター形式。題字は縦組みで「ヘンリー・ソーロウ協会」として改行、下を揃えて「会報」[カギかっこはなし]としてある)。
『日本ソーロウ協会会報』(この題字は昭和53[1978]年第5号のみで横組み1行。この号を含めて以降、会報/論集は左綴じの冊子体となる)。
『ヘンリー・ソーロウ協会会報』(昭和54[1979]年第6号より平成3[1991]年第18号まで)。
『ヘンリー・ソロー研究論集』(平成4[1992]年19号より現在に至る)。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会 幹事会ニュース I』(昭和48[1973]年8月)山崎時彦
紣川 羔「ソーロウの文名」2頁。
山崎時彦「西川光二郎の「トロー言行録」」2−3頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会 会報』第1号(昭和49[1974]年4月)山崎時彦
東山正芳「回顧と展望」1頁。
斎藤襄治「ヘンリー・ソーロウ協会創立のころ」2頁。
斉藤光「ヘンリー・ソーロウ協会に望む」2−3頁。
伊藤和男「モームのソーロウ観」3頁。
紣川 羔「「ウイルダネス」について」3頁。
鵜木奎治郎「ソーロウと父と私」3−4頁。
谷口敏郎「二つの批評」4頁。
毛利至「奇妙な錯覚」4頁。
重松勉「無題」4頁。
尾形敏彦「ウォルデン池の水」5頁。
角田純「ほんの一言?」5頁。
六川信「ソローとの出合い」5頁。
山崎時彦「野人ソロー?」5頁。
小寺幸彦「ソーロウ礼賛」(短歌7首)8頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会 会報』第2号(昭和50[1975]年9月)紣川 羔
斎藤光「ヘンリー・ソーロウ協会の事業」1頁。
山崎時彦「一週間の河旅の中の国家」1−2頁。
谷萩弘道「ローファーとしてのソーロウ」2−3頁。
六川信「ソーロウの横顔」3−4頁。
奥田穣一「ソーロウにおける "fill" と "dissipation" と "see" と…」4−5頁。
鵜木奎治郎「ソローとカントの定言的命令」5−7頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会 会報』第3号(昭和51[1976]年9月)紣川 羔
井上博嗣「ソーロウとディキンソンにおける隠遁的生活」1−2頁。
東山正芳「西と東」2頁。
奥田穣一「ヘンリー・ソーロウと国木田独歩」2−3頁。
中田裕二「Waldenの注釈と新訳」3−4頁。
毛利至「ドライサーから見たソーロウ」4−5頁。
宗方邦義「ヘンリー・ソーロウとR. H.ブライズ」5−6頁。
山崎時彦「社会的実践と自然観」6−7頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会 会報』第4号(日付なし。昭和52[1977]年)
斎藤光「日本におけるソーロウ書誌」1頁。
重松勉「作品 "Walking" におけるソローの世界」1−3頁。
徳座晃子「現代のアメリカ社会におけるH. D.ソローの影響」3−5頁。
吉田修「ソーロウの眼の見た「事実」――「ウォールデン」[ママ]を中心に」5−6頁。
奥田穣一「夏を追うソーロウ――とくに『ウォルデン』にふれて」6−8頁。
飯田実「ソーロウの芸術観」8−9頁。
伊藤和男「『一週間』と『ウォールデン』」9−10頁。
東山正芳「ソーロウとフロスト」10−11頁。
紣川 羔「ソーロウとカタードン」11−13頁。
谷萩弘道「ソーロウにおける三つの顔」13−14頁。

飯田実「ハーバードだより」(会員消息1)14−15頁
(会員消息2は新刊2点の記録)

☆ 『日本ソーロウ協会会報』第5号(昭和53[1978]年12月)谷萩弘道
A Letter from Walter Harding to Kodo Yahagi, President of the Thoreau Society of Japan (Sep. 27, 1978). [i]

紣川 羔「ソーロウと日本浪曼派」1−4頁。
伊藤和男「キリスト教ばなれ」5−9頁。
山崎時彦「ある「市民的抵抗」劇について」10−14頁。(言及の劇はA Night Thoreau
    Spent in Jail [1971])。
奥田穣一「ソーロウに於る夏と冬――特に『ウォールデン』にふれて」15−20頁。
藤木照士「ソーロウの読書論」21−24頁。
六川信「ソーロウの旅」25−26頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第6号(昭和54[1979]年12月)谷萩弘道
吉武好孝「ソーロウとW.ホイットマン――ふしぎな交友」1−8頁。
伊藤和男「ソーロウ(1817−1862)に於ける瞑想と無為(I)」9−14頁。(英語タイトル
    "Contemplation and the Forsaking of Works in Thoreau”)
奥田穣一「『ウォールデン』について――シーズン」15−20頁。
六川信「斎藤茂の「コンコードの野人」について」21−24頁。
乾幹雄「ソーロウの今日性」25−28頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第7号(昭和55[1980]年12月)谷萩弘道
伊藤和男「ソーロウに於ける瞑想と無為(II)」1−7頁。
飯田実「ソーロウとハーバードの教育」8−13頁。
藤沢幸子「詩人としてのソーロウ」14−20頁。
山本みどり「カート・ヴォネガットJr.のソーロウ再訪」21−26頁。
山田正雄「ソーロウの野性的自然について」27−32頁。
奥田穣一「ソーロウに於けるシーズンと旅――日本文学との関連で」33−37頁。
安斉芳「日本におけるソーロウの受容について――水島耕一郎とソーロウ」38−43頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第8号(昭和57[1982]年1月)谷萩弘道
Raymond P. Tripp, Jr.「ソーロウとカーライルと神話について――簡単なノート」1−2
     頁。
Gail Baker, "Mountain Pilgrimage in Thoreau's Week," pp. 3−9.(英文)
紣川 羔「ソーロウと「四書」続編」10−14頁。
奥田穣一「ソーロウとF.カフカ」15−20頁。
佐川和茂「ユダヤ系アメリカ作家とソーロウ――試論」21−25頁。
安斉芳「日本におけるソーロウの受容について――水島耕一郎とソーロウ(II)」26−32
     頁。
大井映史「二つのウォールデン」33−37頁。

書評
斎藤光「新訳『森の生活』」38−41頁。(書評対象は『宝島』に連載された真崎義博訳で、
    単行本は昭和56[1981]年に出版)。
紣川 羔「東山正芳著『アメリカ文学と自然――ソーロウとフロスト』」42―43頁。
佐川和茂「谷萩弘道著『ソーロウの人間像』」44―46頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第9号(昭和57[1982]年11月)紣川 羔
Richard F. Fleck, "The Metaphysics of The Maine Woods," pp. 1―12.(英文)
Charles Aschmann, "Of Walden's Poetry and Poems," pp. 13―20.(英文)
井上博嗣「ソーロウとチョーサー」21―24頁。
新保哲「エジプト及び東方への社会運動熱」25―29頁。
重松勉「Fair Haven再発見」30―33頁。
藤沢幸子「コンコードを訪ねて――コンコード・サマー・セミナーズ及びソーロウ協会
     年次総会の報告」34―37頁。
武田美代子「『メインの森』における詩人・神秘家ソーロー」38―42頁。
小倉いずみ「ソーロウにおける思想の逆説性」43―46頁。
峰地正文「ソーロウの『ジャーナル』」47―50頁。

書評
紣川 羔、佐川和茂「G.ウッドコック(山崎時彦訳)『市民的抵抗――思想と歴史』」51―
    53頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第10号(昭和58[1983]年12月)紣川 羔
井上博嗣「ソーロウにおける夜の感覚」1―4頁。
小野和人「『ウォールデン』における講演の要素」5―10頁。
奥田穣一「H. D. ソーロウ「ヘビ」と「リンゴ」のイメージ」11―14頁。
飯田実「ソーロウとローウェル(1)」15―19頁。(言及の後者はAlthantic Monthly
    の編集長でもあった19世紀の批評家J. R. ローウェル)。
萩原万里子「自然と向き合う心――ディキンスンとソーロウとの対比」20―24頁。
新保哲「ソーロウの眼とインド人の眼の相違点」25−28頁。
六川信「ニュー・イングランドの秋――ソーロウを訪ねて」29−32頁。

書評
山崎時彦「H. D. ソーロウ 神原栄一訳『森の生活』」33―36頁。
谷萩弘道「紣川 羔『アメリカの自然文学――ソーロウへの道』」37―39頁。
萩原万里子「Richard F. Fleck, Bamboo in the Sun Poems of Japan」40頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第11号(昭和60[1985]年4月)斎藤襄治
井上博嗣「月下逍遥詩人としてのソーロウ」1―4頁。
新保哲「ソーロウの伝統精神と革新精神」5―8頁。
飯田実「ソーロウとローウェル(2)」9―12頁。
安斉芳「ヘンリー・D・ソーロウとヘンリー・S・ソールトについて――ソールト著  
    『ソーロウの生涯』の翻訳にあたって」13―17頁。
奥田穣一「『ウォールデン』の「ヘビ」」18―22頁。
藤木照士「ThoreauのCape Codの主題について」23―27頁。
Charles Aschmann, "Elaborations and Asides, A Week's Poems," pp. 28―40.(英文)
Richard F. Fleck, "Thoreau's Encounter with Culture Shock in Canada," pp. 41―51.
    (英文)
書評
井上博嗣「奥田穣一著『ソーロウ文学における風土性――季節』」52―53頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第12・13合併号(昭和61[1986]年8月)斎藤襄治
井上博嗣「ソーロウの鉄道観」1―5頁。
飯田実「スティーヴンソンのソーロウ論」6―12頁。(言及の論者はスコットランド作家
    R. L. スティーヴンソン)。
新保哲「ショーペンハウエルとソーロウの読書観(1)」13―17頁。
新保哲「ショーペンハウエルとソーロウの読書観(2)」18―21頁。
藤沢幸子「ソーロウの教育観」22―32頁。
Debi Kang Dean, "Of Muskrats and Men in Walden : Beyond the Consolation of
    Bravery," pp. 33―40.(転載とあるも出典を明記せず)。(英文)
中村顕治「ソーロー『森の生活』を生きる」41―43頁。(岩波書店発行『図書』昭和61[1986]
    年4月号「私の1冊――読者の投稿から」欄より転載)。
書評
紣川 羔「奥田穣一著『『ウォールデン――森の生活』についての一考察――ソーロウの「高
    い霊妙な」志向』」44頁。
毛利至「『生きるソロー』――Thoreauvian Notesが訴えるもの」45―46頁。(書評対象 
    は重松勉、小野和人、西村正己共著『生きるソロー――Thoreauvian Notes』昭
    和61[1986]年)。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第14号(昭和62[1987]年8月)斎藤襄治
東山正芳「ソーロウの自然」1―3頁。
小倉いずみ「ソーロウにおける自然と象形文字」4―7頁。
青山義孝「Henry David ThoreauとNathaniel Hawthorneの自然観」8―22頁。(『甲南
    大学紀要 文学編61英語学英米文学特集』より再録)
木鎌安雄「ヘンリー・ソーロウとトマス・マートンの比較に関するノート」23−27頁。(ト
    マス・マートンのつづりはThomas Merton)。
安斉芳「ヘンリー・S・ソールト著『ソーロウ・人と生涯』について」28―32頁。
Miyoko Takeda, "Theodore Dreiser, An Aesthetical Mystic," pp. 33―37.(英文、36―37
    頁の間に綴じこみの図表 "Uutline [sic] of Theodore Dreiser's Life")。
井上博嗣「昼さがりと黄昏とのはざまに――中年期におけるソーロウ」38―41頁。
斎藤襄治「ウォールデンのほとりにて」42―46頁。(日本大学芸術学部の大学院生による
    同人誌より転載、とある)。
書評
斎藤襄治「尾形敏彦著『詩人E.A.ポー』」47頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第15号(昭和63[1988]年12月)尾形敏彦
尾形敏彦「ソーロウと東洋」2―6頁。
横沢四郎「Hawthorneの見たThoreau」7―10頁。
小野和人「「野性のリンゴ」の文体について」11―16頁。
六川信「ソーロウの詩」17―21頁。
徳永正紀「ソーロウと場所」22―25頁。
奥村三和子「「森の生活」の「虚」と「実」」26―31頁。
徳座晃子「日常生活の中のソロー」32―38頁。
鵜木奎治郎「ソーロウの反時代的内需拡大――LaRene Despain準教授の講義をめぐっ
    て」39―43頁。
斎藤光「ヘンリー・ソーロウ協会略史」44―46頁。
書評
飯田実「斎藤襄治著『日本の心を英語で――理論と実践』」47―48頁。
六川信「Vincent Tripi:Haiku Pond: A trace of the trail . . . and Thoreau」49―50頁。
加藤芳慶「井上博嗣『アメリカ文学における夢と崩壊』」51―52頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第16号(平成元[1989]年12月)尾形敏彦
尾形敏彦「ソーロウの真実追及」1―6頁。
井上博嗣「ソーロウの文体的特徴」7―11頁。
堀美智子「H. D. ThoreauとK. Mansfieldの描く色について――"The Ponds"と"At the
    Bay"から」12―16頁。
山田正雄「ThoreauとEmersonの類似と異質」17―23頁。
奥田穣一「『コンコード川とメリマック川の一週間』」24―26頁。
追悼記
斎藤襄治「ナゼコンナニハヤク……――毛利至先生を悼む」27―29頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第17号(平成2[1990]年12月)井上博嗣
紣川 羔「ソローとエロス――ハーディング論をめぐって」(ここにいうハーディング論とはWalter Harding, "Thoreau and Eros"および"Thoreau's Sexuality"のこと。
なお同論考は、ハーディング氏自らの要約、紣川 羔元会長の翻訳を経て第18号    に掲載されている)。2―10頁。
武田美代子「Henry David ThoreauとTheodore Dreiser――現象界を超えて」11―16
    頁。
木鎌安雄「ソーロウにおける「見る」と「聞く」(1)」17―20頁。
元山千歳「Cape Cod――読みから語りへ」21―25頁。
三輪久恵「ソローの東洋への関心とチャムリー蒐集本」26―30頁。
伊藤詔子「Charles Darwin、The Origin of Species (1859)のHenry David Thoreauへ
    の影響研究について」31―36頁。
井上博嗣「ソーロウの死生観」37―41頁。
書評
斎藤襄治「ソーロウに魅せられた芸術家――林二郎著『ペザント・アートへ』」42―43
    頁。
通信
A Letter from Edmund A. Schofield to the Thoreau Society, INC." (Aug. 10, 1990)
    47―49頁。
A Letter from Walter Harding to Koh Kasegawa" (July, [1990]) 49―50頁。
転載記事
"Japanese American Studies Scholar Wins Thoreau Photographic Prize" 53頁。
    受賞者は、会報の表紙にもなったウォールデン湖周辺の風景写真を撮影した斎
    藤襄治元会長。原典はPacific Bridge 12.1 (Jan. 1968)。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ協会会報』第18号(平成3[1991]年12月)井上博嗣
尾形敏彦「人間ソーロウ管見(1)」2―7頁。
Walter Harding「ソローの性の認識」(紣川 羔訳)8―10頁。(Harding, "Thoreau's
    Sexuality," Journal of Homosexuality 21.3 (1991)の著者自身による要約 )
高橋幸子「方言によるソローの詩の翻訳」(秋田県の東北弁による"I Make ye an Offer"
    の訳)11―15頁。
木鎌安雄「ソローにおける「見る」と「聞く」(2)」16−20頁。
井上裕美「ソローにおける自然との対話(1)」21―25頁。
小野和人「ソーロウとライシアム講演」26―31頁。
塙美智子「WaldenにみるThoreauのイメージについて」32―37頁。
Daniel J. Bisgaard, "Henry David Thoreau: A Re-evaluation of Cross-cultural Literary
    Influence," 38―47頁。(英文)
Hirotsugu Inoue, "Thoreau's House and Huckleberry's Raft," 48―57頁。(英文、1991
    年7月15日マサチューセッツ州コンコードで開催されたThe Thoreau Society
    創立50周年大会でのスピーチ原稿)
書評
加藤芳慶「尾形敏彦著『ウォルドー・エマスン』」58頁。
斎藤襄治「Miyoko Takeda The Quest for the Reality of Life--Dreiser's Spiritual and  
    Esthetical Pilgrimage」59―60頁。
入子文子「青山義孝『ホーソーン研究――時間と空間と終末論的想像力』」61―62頁。
元山千歳「チャドウィック・ハンセン著『セイレムの魔術』飯田実訳」63―65頁。

☆ 『ヘンリー・ソーロウ研究論集』第19号(平成4[1992]年12月)井上博嗣
安斉芳「ヘンリー・ソーロウと『バガバッド・ギーター』」2―18頁。
高橋恵子「ソローの手――『ウォールデン』における"Rhetorical Inversion"」19―29頁。
亀田三重子「ソロウにおける自然の人間化――変態(METAMORPHOSIS)(1)」30―
    38頁。
村上裕美「ソーロウにおける自然との対話(2)」39―45頁。
木鎌安雄「『ウォールデン』の翻訳を読む(1)」46―50頁。
毛利律子「Thoreauの内的探求と晩年の悲哀」51―58頁。
小野和人「『ウォールデン』の結論部における四行の引用詩――その原詩と大意」59―64 
    頁。
井上博嗣「野性に魅せられた文人――ソーロウの狩猟体験をめぐって」65―73頁。
書評
斎藤襄治「小野和人訳『メインの森』書評」74―75頁。
斎藤襄治「宗方邦義教授の能『ハムレット』上演」76頁。
岩尾純枝「『英語・英米文学研究の新潮流』(谷本泰三教授甲南大学退職記念論文集)」77
    ―79頁。
入子文子「鵜木奎治郎編『アメリカ新研究』」80―81頁。
元山千歳「井上博嗣著『ヘンリー・ソーロウ研究』」82頁。
入子文子「H. アラム・ヴィーザー編『ニュー・ヒストリシズム』伊藤詔子、中村裕英、
    稲田勝彦、要田圭治訳」83―84頁。





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